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解説 「御法度」の制作発表は95年に遡る。 さて、この映画に関して評論メディアの評価は大きく割れているのが現状であると思う。巷のシロート映画評論(たとえば個人HP)でも、「いい/悪い」「好き/嫌い」がかなりはっきり分かれているような印象である。 「御法度」の特徴をまとめておく。 |
| 1)緊張感のある美しい画面 映画は画像だけでも物語である。 抑え目の色彩が、過ぎ去った侍の時代の空気を作っている。幕末のこの時代、写真というものはすでに日本にあった。実際、新選組の近藤も土方も、その姿を残している。画面はそのモノクロ写真の時代と奇妙にシンクロする。 画面を際立たせているのは、例えば真っ黒な新選組の衣装。古都の面影を残す寺院のたたずまい。そして舞台美術。雨や雪。灯火に浮かび上がる惣三郎の斜めの横顔。 さらに画面を一層引き締めているのが音楽である。 やおい映画だとしても、撮る人が撮るとさすがに違う。 |
| 2)際立つ個性と配役 大島映画の妙といえば配役である。 素人でも音楽家でも、若いのもベテランも、監督は使いたい俳優を使いたいように使う。 「戦場のメリークリスマス」の時、世界をあっと言わせたのはミュージシャン同士の共演、そして当時お笑い芸人の起用だった。今回「御法度」で見せた大島マジックとは… (1)若い俳優3人を中心キャストに据えてセット売り。 演劇経験の全くないという松田龍平16歳。武田真治26歳。浅野忠信25歳。キャリアに頼った起用ではもちろんありえない。まぶしいほどに若い。 (2)映画監督2人を組織のボス役 組織のボスは俳優のような一匹狼には務まらない、というのが監督の弁。実際に画面を見て納得したが、組織を束ねる顔というのは確かにある。 (3)お笑い芸人はやはり外せない |
| 3)観客に考えることを求める硬派な作品 「御法度」は題字からエンドロールまで、妙に緊張感のある作品である。 結果を言えば、事件はすべて薮の中である。事件の経緯はあらかた推察がつくが、ではなぜそうなったのか? 誰が何を考えて、どう動いたのか? 実はこの映画の中に正解は描かれていない。 観客は田代であったり、惣三郎であったり、ある人は沖田であったりするのだろう。 あなたが見たものは本当に真実なのか? あなたは誰を信じるのか? ただ眺めているだけでは映画は何も語らない。観客は自由に物語を紡いでもいいのである。 |