「御法度」
1999年度大島渚監督作品

1999年12月18日公開(配給松竹)
2000年5月DVD&VIDEO発売(松竹)

解説

 大島が映画を撮る。それだけで事件であった。

 「御法度」の制作発表は95年に遡る。
 制作発表記者会見はTVで大きく取り上げられて、惣三郎役はオーディションで選抜されることが報じられた。だがその直後、監督が卒中に倒れるという不運に見舞われ、誰もがこの作品はないものと思った。
 3年を経た後、監督は年端もいかない男の子を伴って記者会見場に現れた。それが監督自らが探してきた「惣三郎」松田龍平だった。企画当初は公募だった惣三郎役を、監督自らスカウトしてきた新人に、それもまったく演劇の経験のない中学生に任せるというのには、誰もが驚かされた。当時の松田龍平の唯一の肩書きは「あの松田優作の長男」ということだけだった。
 しばらくして、キャストとスタッフが報じられたが、その豪華な顔触れのスタッフと意外な配役が話題になる。
 こうして「御法度」は内外のマスメディアの注目する中、99年4月に撮影開始。
 そしてその年の暮れ、12月、松竹のお正月映画として全国一斉公開となった。

 さて、この映画に関して評論メディアの評価は大きく割れているのが現状であると思う。巷のシロート映画評論(たとえば個人HP)でも、「いい/悪い」「好き/嫌い」がかなりはっきり分かれているような印象である。
 ○と評価する人は最大限の賛辞を寄せ、それこそ何度も劇場に足を運ぶリピーターとなった。×と評する人はただ一言「つまらなかった」で終るのもいれば、延々とけなす向きもある。監督は「最前線を来た」といって憚らない表現者である。それは映画評にもはっきり出たということである。多数派狙いならこういう評の割れ方はしない。
 映画館では、松竹系での全国上映は12月18日の封切りから2月上旬まで。その後も5月のソフト発売直前まで首都圏を中心に上映が続き、2000年カンヌ映画祭のコンペ部門に正式出品されたことを付け加えておこう。

 「御法度」の特徴をまとめておく。
1)画面が非常に美しい。
2)個性的なキャストが際立っている。
3)意外に硬派な作品である。

1)緊張感のある美しい画面

 映画は画像だけでも物語である。
 抑え目の色彩が、過ぎ去った侍の時代の空気を作っている。幕末のこの時代、写真というものはすでに日本にあった。実際、新選組の近藤も土方も、その姿を残している。画面はそのモノクロ写真の時代と奇妙にシンクロする。
 画面を際立たせているのは、例えば真っ黒な新選組の衣装。古都の面影を残す寺院のたたずまい。そして舞台美術。雨や雪。灯火に浮かび上がる惣三郎の斜めの横顔。
 さらに画面を一層引き締めているのが音楽である。
 やおい映画だとしても、撮る人が撮るとさすがに違う。

2)際立つ個性と配役

 大島映画の妙といえば配役である。
 素人でも音楽家でも、若いのもベテランも、監督は使いたい俳優を使いたいように使う。
 「戦場のメリークリスマス」の時、世界をあっと言わせたのはミュージシャン同士の共演、そして当時お笑い芸人の起用だった。今回「御法度」で見せた大島マジックとは…
(1)若い俳優3人を中心キャストに据えてセット売り。
 演劇経験の全くないという松田龍平16歳。武田真治26歳。浅野忠信25歳。キャリアに頼った起用ではもちろんありえない。まぶしいほどに若い。
(2)映画監督2人を組織のボス役
 組織のボスは俳優のような一匹狼には務まらない、というのが監督の弁。実際に画面を見て納得したが、組織を束ねる顔というのは確かにある。
(3)お笑い芸人はやはり外せない

3)観客に考えることを求める硬派な作品

 「御法度」は題字からエンドロールまで、妙に緊張感のある作品である。
 結果を言えば、事件はすべて薮の中である。事件の経緯はあらかた推察がつくが、ではなぜそうなったのか? 誰が何を考えて、どう動いたのか? 実はこの映画の中に正解は描かれていない。
 観客は田代であったり、惣三郎であったり、ある人は沖田であったりするのだろう。
 あなたが見たものは本当に真実なのか? あなたは誰を信じるのか?
 ただ眺めているだけでは映画は何も語らない。観客は自由に物語を紡いでもいいのである。



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